家庭内野良猫カツオの話⑤ ― カツオの尊厳を感じた日

 もはや皮下輸液しか手立てがないのをもどかしく思っていました。しかし、数日前からご飯を食べなくなり、その翌日からは水も飲めなくなったため中2日だった通院もとうとう毎日となってしまいました。尿毒症で、口内炎がひどくなっているようです。
 それでもご飯の用意をしている間は、いつものようにタマと並んで待っています。
しかし、いざ目の前にご飯を置くと匂いを嗅いで少し口をくちゃくちゃと動かすだけで、食べる気配はありません。次のご飯も、その次のご飯の時もヨロヨロしながらもタマの隣にやってきては、長い尻尾をピンと立てて待っていますが、大好きなマグロやかつお節をトッピングしても、もう食べる事はありませんでした。

 更に、自力でトイレに行こうとするも、1.5㎏にまで落ちた筋肉のない身体では目の前のトイレに辿り着くことも立っていることさえもままならず、抱きかかえてトイレに入れてあげたり手を添えてグラグラする身体を支えたりもしました。 その頃にはもう私が触っても驚くことも抵抗する気力も無くなっていたようです。
 家庭内野良歴11年にしてようやく触れた喜びよりも、そんなに弱ってしまったのかととてもショックでした。

 知ってか知らずか、タマは自分のペースでいつもの窓辺のベッドで寝ています。驚いたのは、そんな状態にも関わらずカツオがタマの隣に行きたがった事です。
 階段状に置いた段ボールをよろけながらも1歩ずつ上がる姿にカツオの強い意志と尊厳を感じました。どんな状況でも諦めない、絶望したりしないと教えられた気がします。

せっかく頑張って隣に行ったのに、タマが一段おりてしまい、抗議しているところ

 食べなくなって4日目。ご飯を持っていくと伏せのままの態勢でタマの隣にいました。
まるで『もう食べられないんだけどね、今日のご飯は何かなぁと思って頑張って見に来たよ』といった様子で。
そして、とうとうその日の夕方から寝たきりの状態になってしまいました。
 『カツオを決して一人では逝かせない。』
目が離せなくなったカツオを数日前から近くに布団を敷いて夜通し見守っていましたが、今夜が最期になるかもしれないという嫌な予感からは、もう逃れられなくなっていました。

 人間嫌いのカツオの傍に付きっ切りというのは迷惑か?という躊躇もありましたが、ときどき身体の向きを変えてやり、静かにゆっくり撫でて声をかけました。
初めてのマタタビに大興奮したことや、初めてのあったかいストーブにくぎ付けだったこと。
大好きなタマが脱走した時、ご飯も食べずに窓の外に向かって三日三晩鳴いていたこと。
人は怖いけど、リボンや紐で遊ぶのが大好きだったこと。
ちょっと離れたところでは、ゴロンとお腹を見せて甘えるそぶりをしてくれたこと。
11年前、なんとか仲良くなりたい一心で毎晩こんな風に話しかけた日々の記憶が蘇ります。

カツオ!
今生ではしばしのお別れだけど、また絶対一緒に暮らそう。
その時はベタベタに甘えてね!
よく頑張った、楽しい時間をたくさんありがとう。君に会えて本当に良かった。

真夏の深夜、私は大声を上げて泣きました。 ―つづく

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