苦しい感情ー後悔と自責感について

 喪失といっても様々なケースがあります。病気や高齢により自宅や病院で看取れる場合だけとは限りません。交通事故や不慮の事故、不注意による脱走などの行方不明。更には重篤な症状が回避できない末期の病気に際しての、安楽死という苦渋の決断。色々な事情で飼えなくなってしまったなど。
 中でも行方不明の場合は生死すらわからないわけですから、諦めきれない気持ちと絶望感が交錯して長く辛い日々を過ごすこととなってしまいます。

 このように、喪失にも外からの力によって引き離されたものと、自分が原因となって引き起こしたものとがあります。しかし、動物たちと暮らしていると彼らの身の上に起こることは、すべての責任が飼い主である自分にあると感じるものです。咎められる対象は自分であり、自分が苦しむ事によって償うべきだという気持ちから苦痛が増幅してしまいます。
 これによって、ペットを失ったという現実よりも自分の無力さを悔やむ、後悔と自責という感情に意識が向けられてしまうのです。 

 このような場合には「事実として出来た事と出来なかった事」その中で「やるべきだった事と(現実的ではなく)無理だったこと」という具合に、事実とそうでない事を書き出して客観的に切り分けてみてください。その結果、もしも自分に非があったのだとしても、その経験から学んだ事として後に役立てる方がペットのためにもなります。

 残念ながら起きてしまった現実は変える事ができません。しかし、彼らと過ごした幸せな時間のすべてを否定的な想い出にしないためにも「自分のせいだ」といった、一つの感情にフォーカスしない事が大切です。

*飼い主にとって最もつらい決断である安楽死については、また別の機会に触れたいと思います。

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